恩師と電話で長話 [教育を考える!]
所用がありまして、
大学の恩師の笠原教授に電話しました
研究棟の電話番号を知っていたので、
取り次いでもらいました。
携帯電話と違い、
取り次いでもらうまでの微妙な時間が、
なんとも言えず、そわそわと緊張します。
「あーどうも」と懐かしいお声。
先生の声を聞きますと、
私の気持ちも当時の真面目に?ゼミを受けていた20歳の頃に戻ります。
0B会である「英友会」が、5年に一度行っていたが、
あと何回行えるか分からないので、毎年行うようになったこと。
そこには、厳しい就職活動があるので、
なるべくOBの方に会いたいという現役の希望もあること。
東大法学部が官僚になる割合が減ってきたので、
ゼミの卒業生も何人か課長補佐クラスまではなっており、
近い将来、慶應卒の事務次官もでるかもしれないこと。
先生が機能障害の難病を患っていて、足が少し不自由になり
今病院に通っていること。
そのストレスで下の血圧も上がってきたこと。
そのため、仕事を減らそうかと考えているとのこと。
後も息子さんが理系に行ったという話し等の間に
肝心の用件はあっさり済ませ
取り留めのない話ばかり
50分も電話で会話をしてしまいました。
「甲斐君はいくつになったんだっけ」
「僕は先生がゼミをもっていた歳を超えてしまいましたよ」
「私は54歳だよ。もう年だよ」
という言葉に、歳月の長さを感じてしまいました。
しかし、私も尊敬する先生と世間話をポツポツと話せるだけの
大人になったことを感じずにはいられません。
また、こんな先生の近況を話してくれたのは、
先生も懐かしんでくれたからでしょう。
私はどうやら嬉しいことに、記録には残りませんが記憶に残る生徒のようです
しかし、相変わらず肝心な政治学の話はできませんでしたが
天皇制や官僚について聞いてみたいことがあったのですけどね!
皆さんには、恩師の先生、いらっしゃいますか??
会うのなら、ちょっと大人になった今がチャンスかもしれませんね。
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研究棟の電話番号を知っていたので、
取り次いでもらいました。
携帯電話と違い、
取り次いでもらうまでの微妙な時間が、
なんとも言えず、そわそわと緊張します。
「あーどうも」と懐かしいお声。
先生の声を聞きますと、
私の気持ちも当時の真面目に?ゼミを受けていた20歳の頃に戻ります。
0B会である「英友会」が、5年に一度行っていたが、
あと何回行えるか分からないので、毎年行うようになったこと。
そこには、厳しい就職活動があるので、
なるべくOBの方に会いたいという現役の希望もあること。
東大法学部が官僚になる割合が減ってきたので、
ゼミの卒業生も何人か課長補佐クラスまではなっており、
近い将来、慶應卒の事務次官もでるかもしれないこと。
先生が機能障害の難病を患っていて、足が少し不自由になり
今病院に通っていること。
そのストレスで下の血圧も上がってきたこと。
そのため、仕事を減らそうかと考えているとのこと。
後も息子さんが理系に行ったという話し等の間に
肝心の用件はあっさり済ませ
取り留めのない話ばかり
50分も電話で会話をしてしまいました。
「甲斐君はいくつになったんだっけ」
「僕は先生がゼミをもっていた歳を超えてしまいましたよ」
「私は54歳だよ。もう年だよ」
という言葉に、歳月の長さを感じてしまいました。
しかし、私も尊敬する先生と世間話をポツポツと話せるだけの
大人になったことを感じずにはいられません。
また、こんな先生の近況を話してくれたのは、
先生も懐かしんでくれたからでしょう。
私はどうやら嬉しいことに、記録には残りませんが記憶に残る生徒のようです
しかし、相変わらず肝心な政治学の話はできませんでしたが
天皇制や官僚について聞いてみたいことがあったのですけどね!
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